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『後三年の役』 古戦場跡巡り

後三年の役金沢資料館

司馬遼太郎と吉川英治が愛読書の姪っ子C嬢と、「後三年の役金沢資料館」を訪ねました。
そこで前九年から後三年の役、その後の横手市の歴史などを詰め込み、
清原軍の立て籠もった金沢柵跡(現金沢八幡神社)から、
古戦場跡に作られた「平安の風わたる公園」へと足を伸ばしてみました。

平安の風わたる公園
平安の風わたる公園 http://www.city.yokote.lg.jp/

「後三年の役金沢資料館」は何年も何度もその前を通りながら、一度も立ち寄っていない施設でした。
NHKの大河ドラマ「平清盛」の影響で、このところは入館者もポツポツ増えているようです。
横手に暮らす者に八幡太郎義家の史実は、「雁行の乱れ」の教訓話や「メっこカジカ」の伝説、
納豆の起源などとともに、幼い頃から昔語りに聞かされてきたものです。
改めて学ぶことなく今日まで来たわけですが、実は知っているつもりなだけでした。

「いや~義家さん、貴方って意外に根性悪かったのね~」
というのが素直な感想でした…
藤原三代の栄枯盛衰に繋がる歴史絵巻が、解かりやすく丁寧に説明されていました。
戎谷 南山(えびすや なんざん、1866年(慶應2年)- 1949年(昭和24年)がライフワークとした、
重要文化財「後三年合戦絵詞」の模写絵が見事、本業が菓子屋だったとは信じられない筆力です。

兵糧攻めの戦術が初めて用いられた戦の、篭城の館跡「金沢八幡神社」に向かってみました。
続きはからです。


参道
金沢八幡神社にいたる参道>>>古木の杉並木
金沢八幡神社
金沢八幡神社>>>毎年9/15の祭典に掛け歌大会が夜通し行われます

到着した金沢神社は、地元有志の方々が前日の祭典の後片付けの真っ最中でした。
鬱蒼とした杉木立に、火災で焼けてしまったという「兜杉」兵糧倉跡など、
思っていた以上に豊富な史跡があり、大汗を流しながら巡ってみました。
九十九折の山道からは仙北平野が望め、源氏清衡連合軍の包囲網や陣の跡が想像できます。

清原家衡
清原家衡>>>兄清衡に討たれて武具も着たまま
藤原清衡
藤原清衡>>>兄弟喧嘩に勝って、藤原三代の礎を築いた
系統図
実は戦の元凶だった八幡太郎(源)義家の系譜

次に訪れた「雁行の乱れ」の古戦場、西沼の畔に作られた歴史公園はほぼ無人、
近くの温泉施設とキャンプ場には人影もありましたが、とっても静か~でした。
この公園には、合戦の様子を描写した壁画レリーフ、登場する人物のブロンズ像等があります。
敗れた家衡は槍を背にした兵装束のままの姿で、勝者の清衡はハンサムな面立ちでした…シビア
風光明媚で学校の遠足には最適の公園です。
そういえば高校時代に、市内からここまで歩いて鍋っコ遠足に来たのを思い出しました!
勿論その頃はこんな立派な公園も無く、立馬郊と呼ばれ広場があるだけでした。

【立馬郊】八幡太郎義家が雁の乱れを見つけた場所といわれる。

| 地 元 | 10:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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